Moonlight scenery

     The ancient mystery?”
 


     8



 わんぱく王子が ご当人は極秘に構えておいでの作戦として、古廟へ忍び込むよな算段をしているらしい。それを新参のメカニックマンに聞かされた特別護衛官殿としては、だが、

 “……う〜ん。”

 ここが微妙な思案のしどころだったりし。ご本人は本気も本気のワックワクなイベント扱いしているのかもしれないが、鳴り物入りでの企画にするというでなし、せいぜい年端も行かぬ子供が構える“探検”レベルの冒険ごっこらしい代物だというのは判る。ぶっちゃけて言やあ、個人的に楽しむごっこ遊びというか、なりきりプレイといいますか。ただ、ここがごく一般の人間が構えるものと違う点で、彼がこっそりと潜入したがっている場所というのが、この国の王政を支えたご先祖様の御霊が眠る廟だってこと。宗教によって考え方も違うとか何とか言う以前に、まずは不敬な行為だし、エジプトのピラミッドに代表される世界各血にある古廟みたいに、観光用の“遺跡”として整備でもされてりゃあ別だが、ここのは全くの全然手つかずなままのそれなので。いくら血縁、子孫であっても、それなりの神事を執り行わずに入り込んでも良いものか。自分はあまり信心深い方じゃあないゾロでさえ、少々引っ掛かりを覚えるようなほどの大胆なことなのであり。

 “う〜〜ん。”

 こういうことへの応用が利かない身なのは、その護衛という任において個人プレイの多かりしな立場だからしょうがないが。かと言って、どうしたものかといちいち隋臣長のサンジや秘書官のナミへお伺いを立てるというのは、別な感情が“厭だ”と拒絶するからややこしい。王家の人間としてでさえ許されぬ次元の、大いなる禁忌破りに値することだったとしたら? 日頃から王子を猫かわいがりしている国王や皇太子でも、そればっかりは笑って許してやれないことだったら? 今の世にあっても“王政”を存続させてる国である以上、王家の威厳というものをないがしろにしちゃあ本末転倒…ということになって、キツイ罰を請けることにでもなったら、

 “どうすんだか だよな、まったくよっ。”

 まま、何となったら…除名されての王家から追放なんて憂き目に遭ったなら、世間知らずではあるが芯の強い坊ちゃんだってのは重々知ってるゾロだけに、そのまま掻っ攫ってどっかへ逐電という運びになっても、

 “……ま・いっか。”

 なんて思ってるあなたが一番、王子様に甘いんじゃなかろうか?
(苦笑) そんなこんなという想いを胸の裡(うち)にて巡らせながら、彼が辿っているのはすっかりと陽の落ちた王宮内の庭園の奥向きであり。初夏という時節柄、夕暮れの余光も長らく居残ってた、暮れなずむという描写がぴったりだった空も。さすがに今は、すっかりと夜陰の藍が降り立っての、静かな闇ばかりが佇む頃合い。一応の用心のためにと灯されている常夜灯も、その間隔を間遠にするよな区画なれば、尚更のこと 人の気配もことさら薄く。そんな中をえいえいと進軍してゆく、ルフィ王子の足取りの勇ましさに引き換え、

 「〜〜〜〜ふえぇ〜〜〜。」

 いかにもわざとらしい芝居の演技でも、そうまで尻を突き出しゃしない。そんなまでのへっぴり腰で、王子の背中にへばりつき、キョロキョロしもってついて行くウソップなのが。滑稽なのを通り越し、いざってときには邪魔にならんかと、尾行の身であるゾロでさえ、案じてのこと そう思ったほど。勝手に枯れ尾花に怯えて駆け出したりせぬか、そんな弾みに巻き込まれ、王子が怪我でもしたらどうすんだと。サンジがいたなら言い出しそうな風情であり。

 “何が飛び出すってこともなかろうによ。”

 ただ単に廟、つまりは墓なので怖いと二の足踏んでたウソップだったのが、昼間のフランキーが持ち出した話題、何だか怪しい陰が出没するらしいというのを聞いたもんだから、その怯えように拍車が掛かったらしく。そこまで怖いならいっそついて来なくともよかったのにね。

 “ルフィも、一人で出掛けるような言いようをしていたんだしな。”

 不在だってことがバレた折、それを誤魔化す役を振るとか、そんな話も出たのだろうにね。恐らくは きっと、見栄とか何とかじゃあなくて、彼なりの“お傍衆”なんだからという義務感が働いての同行でもあろうけれど。制するだけの強さがないもんだから、じゃあしょうがないとついて来たその選択の幅の狭さが、まだまだ未熟な青年であり。何でそこで あいつらへ相談しねぇかなと、自分だって似たような逡巡した誰か様、ある意味立派なご不満を抱いたまま、自由人ふたりの困った探検へ、勝手に後見として追随していたものの。

 「…?」

 いくら見守る対象あっての行動であれ、そこが特別護衛官。その対象への把握は勿論のこと、周辺への鋭い警戒も怠らぬ。そんな彼の感応器に、ささやかな何かがするりと触れた…ような感覚があったので。自然な反応として足が止まっており、周囲を 視覚と聴覚で確かめつつ、風の匂いや肌合いまでも拾おうとしての素早く撫で回す。頭上からじゃないから夜風に揺れる梢の陰じゃあない。どちらかといや足元近い、茂みの高さからのそれであり。

 “小さな影だが、犬か猫にしちゃ大きい…という目撃談だそうだけど。”

 この区画は先にあるのが古廟なので、式典にも都合が良いようにと、ほとんどの通路という通路、道という道が、直線に切られているので見通しもよく。遠目に見たものへ怯えてという話も多々あったに違いないから、

 “大きさって部分は当てにはならんか。”

 不審者が潜入しているというならば、それなりの形跡がチェックされてもいようから、となるとこれはやはり、ここの主とまでの大きさに育った野犬かイタチ、そういった獣が堂々の大威張りで徘徊しているのかも。そっちの肝試しに来た自分じゃあないけれど、王子らがそれに咬まれでもすりゃあ一大事。捨ててはおけぬと気配を追えば、

 「? あれれぇ?」
 「なっなんだなんだ、なにか居たんか、さっさとこたえろ、ほらおしえろっ。」

 いかにも呑気そうなルフィの声に続き、慌てふためくウソップの声がし、

 「ほら、あすこ。廟の横の喪宮の窓、1個だけ開いてるじゃんか。」
 「あ"。」

 まるで神殿か何かを思わせて、そのまま観光用の遺跡に出来そうな荘厳さも持ち合わす、そりゃあご立派な作りの大きな建物が、夜陰の中、薄く白っぽい影となってうずくまる。こちらもまた、昔 縁があったというトルコ王朝風の造作なのだが、そのすぐ脇にひっそりと、式典や何やの折の足場として、管理用の宮が こちらは後世に建てられており。その建物の壁、窓の位置がぽっかりと開いているのが、黒々と目立ってよく見えたルフィだったらしい。

 「どしたんだろ。今の時期って、何か行事とかあったっけ?」

 サンジやナミから何か聞いてっか? いやいや、そんな話は出てねぇって、日頃だったなら うかーっと聞き零すこともあろうけど
(おいおい)、ここ最近はこういう企みで頭が一杯だった身。遺物整理だの大掃除だのといった何かしら、ここへの作業情報が誰ぞの口へと上れば、ついつい耳が立っての拾っていたはずだからと、さすがただの臆病さんじゃあないらしいウソップが、妙なことへと太鼓判を押して見せ。

 「じゃあ……。」
 「まさかまさか泥棒か?」

 廟という霊的な場所へ向かい、出るのかどうかも判らぬ幽霊におびえるよりは、よほどのことに現実的な脅威なせいだろか。ウソップの声も言いようもはっきりとしたそれであり。だがだが、
「でもなあ。泥棒が、こんな奥まったとこに入るかなぁ。」
「何でだよ。」
 妙な反駁をした王子様。何でそう思うよとウソップが返すと、
「だから。外から入った泥棒なんなら、もっと手前の宮に押し入って、事務所や執務室から今時の金目のもんを狙うほうが早い。」
「う…?」
「ここだと、古くて歴史的なもんしか収めてないから、そっち関係の専門の泥棒ってことにもなろうけどよ。」
 でもなあとルフィが不審に思ったのは、
「古い副葬品っての? 美術館に並べられそうな宝物は別の収蔵庫に収めてあるしよ。そうかといって、最近亡くなった王族の柩は此処にはないんだし。」
 此処はまさしく儀式優先の“場所”としての価値を重んじているようなところなので、泥棒がポケットに忍ばせて持って行ける範囲の金目のものなんてないのにねと、そこを思って不審がったルフィならしく、

 「……お前、本当にルフィか?」
 「何だよ、こんくらいは王族の基本だぞ。」

 バカにするにも程があると、憤慨半分 胸を張った仕草こそ、いかにも彼らしい素振りの王子様だったものの。
(おいおい) そんな賢い発言へは、こっそり尾行中のゾロもまた、微妙に目を見張っていたりして。

 “そういう理屈が判るようになっていようとは。”

 だって“宝探しだ〜〜♪”なんて、小学生のようなことにワクワクしていたお人ですしねぇ?
(苦笑)

 「…となると。」

 何でまた、行事の前後でもなけりゃ、滅多に人も詰めてはないような宮の窓が、こんな深夜に開いているのか。誰かが閉め忘れたとか? そっかなぁ? 何でだなんでと小首を傾げつつも、泥棒じゃあなさそうという結論に添い、一旦泊まっていた足取り、再び進め始めた二人なのへ、

 “何でそんでも日を改めねぇかな。”

 泥棒じゃあなさそうというのだって単なる推測であり、明らかに不審な要素だってのに。いかにも賢いお説を並べたルフィだったけれど、そこへ応用がからまなきゃ意味がないだろうよと。やれやれとの認識も新たに、さすがにこれは制するべきかと断じたゾロが、その歩調を速めた途端。

 「え?」

 妙なことよと眺めてたその窓が今、するするともっと開いた。宮と銘打たれているものの実質は式典用の執務棟なので、やや古風な作りではあるが構造や建具の色々はすべて今時の仕様のもの。よって、その窓も引き上げ式とかフランス窓とかいうものではなく、よくある型の横開きのアルミサッシであり。

 「………誰かいる?」

 それも、今の今。夜目の利くゾロにもそれは確認出来て、先程感じた気配を思い出しつつ、歩調をますますのこと速めれば。

 「え? あ、ゾロ?」
 「あわわわ、えっとあの、俺らはだなっ。」
 「いいからこっちへ来なっ。」

 彼らにはこっちも意外な人物の出現だったろうが、今は互いの詳細を突き合わせてる場合じゃあない。ゾロが強引な言動をするのはそういうときだと、こちらはしっかり刷り込みがなされているルフィが、うんと大きく頷いて、まだ落ち着かぬままなウソップの背中を押した。そうして3人で飛び込んだのが傍らにあった萩の茂み。何株かに1つの割合で、実はカモフラージュ用にと あまりみっちりと茂らせてはないのが備えてあり、そこへともぐり込んだ彼ら、言い合わせることもなく、じ〜〜〜っとその視線を宮の窓へと釘付けにする。

 「なあなあ、ゾロ。あれって誰か出てくんのかな?」
 「ああ、そうだろうな。」

 自分を尾けて来たゾロだと、判っているやらいないやら。頼もしい護衛官がきたんだ、もう怖いもんなしだぞとでも思ったか。王子の声は再び弾んだが、

 「どんな賊かが判らん以上、俺は護衛を優先する。いいか? やり過ごすぞ。」
 「え〜〜〜っ?」

  「え〜〜〜っ、じゃないっ。」×2

 そこはウソップも加わってのダメ出しと相なって。不満たらたらな王子様を背後へ庇ったゾロが、窮屈な空間の中、問題の宮へと視線を向け直せば。当の窓はもはや目一杯に開き切っており。しかもその下枠へ、誰かがひょいと手をかけてもいるではないか。取っ捕まえる活劇は出来ることなら避けるぞとの宣言に、それでもとそっちを見やるためゾロの肩口へ顎先を乗っけた王子様、

 「やっぱり誰か、潜んでいたのかな。」
 「ああ。だが…。」

 自分が気配を感じたのはこの付近だったことを思い出すゾロでもあって。だからこそ、足取り早めた彼だったのだから、その感覚に間違いはなかろう。それが一瞬にしてあの宮の中へ入り、今 出て来ようとしている…というのは理屈としておかしい。

 “それこそ、壁抜けも出来るってな存在なら別だが。”

 そういう輩なら、出てくるときだって同じようにすりゃあいい。だが、窓から覗く手の主は、そういう手筈を踏む気はないらしく、室内側からだと腰高窓という高さのそれだろサッシの縁、下縁のみならず、そこへ垂直に立った横枠にももう1つの手が掛けられて、これはますますそこから誰かか出てくるらしい段取りが窺えたのだけど。明かりを灯さぬ内部は暗がりなので何も見えない…とはいえ、

 「手しか見えねぇってのはどういうこったろ。」
 「え?」

 窓へと手をかけたら、その持ち主の身も多少は見えるもんじゃあなかろうか。それが天井近くの天窓などという遠いものならともかく、
「外に灯ってる常夜灯もあるんだ。顔や胸元がぼんやりと見えるもんだろうに。」
「あ…。」
 言われて見ればと、ルフィもそれに気がついて。そしてそして、ウソップはといや、

 「そ、っそそそ、そんなの別に妙じゃねぇさ。
  黒っぽい服着てて、掃除の最中かなんかで顔も黒ずんでたらよ。」

 保護色ってので見えにくいだけなんだよと、何とか理屈を探してくれはしたけれど。こんな夜更けに、しかも明かりも灯さず掃除するよな担当職員なんてのは、
“この王宮には残念ながら居ないと思うぞ。”
 黒っぽい装束ということは、やはり盗賊の類いなのだろか。外に感じた気配は見張り担当の仲間だったとか? だがだが、こんな奥まった所に忍び込むだなんて、先程ルフィが並べたとおりに不審極まりない段取りだ。もしかして…唯一の可能性があるとすれば、いやな例えだが 王宮に勤める職員とか、勝手知ったる身内の仕業だってことだろか。

 “…しゃあねぇか。”

 単なる王子の宵の散歩で済みゃあと思い、誰にも報告せずの尾行だったものの、何かしら…盗難なり不法侵入なりという犯罪とあらば、それを見逃す訳にも行かぬ。自分の担当は、王子の身辺警護だから、それを優先するとして。ならばと助っ人を呼んだ方がよかれという決断が、やっとついたらしい特別護衛官殿であり。薄手のジャケットの懐から、携帯電話を取り出したものの、


  「………っ! ウソップ、屈めっ!」
  「えっ? あ、おおっ!!」


 名指しされるとつい立ち上がってしまう人もいるというが、怒鳴ったゾロからじかに頭を抱え込まれたルフィが手を引いたので、こたびはそんなうっかりをしないで済んだウソップ。そんな彼が微妙な中腰になってた辺りへと、横薙ぎに走ったものがあり、

 「うあっ!」

 凄まじい勢いのそれは、彼らが身を潜めていたカモフラージュ用の萩の茂みを、あっと言う間に半分の高さに削いでおり。

 「な、何だよ、これっ。」
 「良いからそのまま屈んでな。」

 ゾロの声がさすがに低い。彼の職務はルフィの護衛であり、それを優先にし、盗賊や人殺しであれ捕まえるのは二の次が基本。なので、息をひそめていようとしかけた彼でもあったワケだけど。今の今“何物か”がルフィの安全をも脅かすような行動を取ったがために、彼の行動へもシフトチェンジがなされたらしく。携帯を出しかけた手が、だが、ジャケットの懐から掴み出していたのは、彼の得物である特殊警棒の方であり。様子を窺うも何もなく、多少は壁代わりにと居残っていた萩の枝、こっちからザンと叩き裂き、何へかへと向けての思い切り、やはり横薙ぎに振り払っていた彼であり。

 「く………っ。」

 その攻勢が、だが振り切るすんででガチンと止まる。鋼でも切れるよな武器じゃあなし、堅いもの頑丈なものに当たりゃあそこで止まるのは自明の理。彼の膂力をもってすれば、叩き折れも出来ただろうが、

 「何物だ、お前。」

 ただ、何か置いてありますという感触じゃあない。当たった何かが向こうからも押しているのが判る。意志のあるものの抵抗、手ごたえである以上、そうしている“意志ある存在”がそこにいる。常夜灯の落とす光の輪からも、微妙に外れた夜陰の中。闇を透かして見やった先には、自分と変わらぬくらいだろうか、そんな背格好の誰かの人影。しかも、ゾロの繰り出した警棒を受け止めているのは、やはり長得物であるらしいと来て、

 “盗っ人じゃあなくの、侵入者って手合いかよ。”

 格闘にも慣れた身の、鍛えられたる工作員か。若しくは、恐れ多くも王宮内に塒
(アジト)をこさえた賊だというのか? だがだが、こうまでの深遠へそんな怪しいものの出入りを許すほど、ここの警備部だって緩んじゃあいなかろに。そんなこんなと思うゾロへ、意外な声が掛けられて。

 「…た、頼むからゾロ。その棒、引いてくれないか。」
 「………………あ?」

 折り目正しい物言いをする割に、微妙に幼さの残る声。その甘さが妙に子供には受けがよくって、王宮内に勤める事務方の家族の、特に子供たちがよく懐いている青年のお顔が浮かぶ。北欧からの留学生で、医師を目指して勉強中の……、

 「チョッパー、か?」

 だが、だとすれば。その声がした方向が問題で。ゾロが警棒を薙ぎ払った先、警戒したままで相対す何物かのいるだろう方から聞こえたような…? じゃあ、この攻撃を受け止めた誰かというのはチョッパーなのだろか。体格のいい青年だし、空手だったか武道も修めているという話は聞いており。なるほど、こういう構図にもなり得る相手ではあるけれど。だがだが、言ってみりゃあ仲間内の気配、読み損なう自分じゃあないはずだけれどと、そこが今イチ納得がいかない。強い攻撃の威勢が込められていたのでと、それで確かめもせずの薙ぎ払いを繰り出したからだろか? そんな会話が届いたものか、

 「チョッパー? こんなところで何して……。」

 依然として緊迫しているそんな度合いが判らぬまま、ルフィがそんな声を掛けたのと、

 「チョッパー、だって?」

 なぁんだ、怪しい奴じゃないんじゃんかと。一番怖がってたくせに立ち直りも早いウソップが、脅かしやがってよぉなどと言いつつ、手持ちの何か、ハンドライトを点灯したのが重なって。

  そりゃあ明るい光の輪の中、
  ゾロが繰り出した警棒の切っ先を受け止めた影が、
  くっきりとした存在として浮かび上がったのと、ほぼ同時に。


  「どちら様も すみません。」


 これはどなたの声なやら。点いたと思った明かりがそのまま、がしゃんという炸裂音と共に掻き消えて。

 「ご、ごめんっ、ルフィ、ゾロっ。」
 「すみませんね、皆さん。」

 今度こそは、何かしら棒のようなものが、ウソップが突き出したライトへ突き立ったのを目撃した。しかもその一瞬前には、チョッパーではない何物かも見えており。


  「………あれは、鹿か?」


 見事な枝分かれをしていた大角を、その頭上へ掲げもった雄鹿が、地にしっかと四肢を踏ん張って佇んでいたような。ゾロが繰り出した警棒は、丁度その枝角に受け止められていたようで、

 『…た、頼むからゾロ。その棒、引いてくれないか。』

 あの声は、角で受けたのから離れてという意味だったのか。呆気に取られたのも一瞬のこと、

 「ゾロっ!」
 「ああ。」

 駆け出したのはルフィの方が若干早い。ほんの何瞬かという差ではあれ、出遅れたのは大人としての錯綜が…いわく、王子は此処に置いてった方がよくないかとか、そんな想いが一瞬にでも挟まったからだろう。だがだが、勢い込んでる王子を、止めようがないのもまた事実。だって彼らの前をゆくのは、大きめの鹿にまたがった、黒スーツの痩躯な誰か。ウソップの構えたライトを消した存在であり、それもまた、彼らの知るあのインターンの青年じゃあなかったので。

 「何が何だか判らねぇけど。」
 「チョッパーをどうしたのかは聞かねぇと。」

 謎の大鹿、謎の人物。はっきり聞き取れたチョッパーの声。この3つをどうしても、納得いくよにつなぎたくって。夜陰の中、駆け出してる王子と護衛官殿であり。そして、


  「おお〜〜〜い。おれはどうなるんだ〜〜〜〜。」


 スタートダッシュで出遅れた誰かさん。しんとした静寂が戻って来た古廟前の式典用通路にて、二進も三進もいかなくての、座り込んでしまったウソップだったそうである。


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